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竹腰城跡(愛知県稲沢市)

  • 2014/08/09(土) 10:41:47

こんにちは。

ひめくりです。
今日は竹腰城という城跡を紹介しようと思います。
R0018419.jpg
↑城跡の場所までやってきました。
現在地はココです。
東海道新幹線のすぐ脇に城跡があったようです。
車だとちょっと分かりにくい場所かもしれません。

さて、画像には木碑が写ってますが、それが城跡を示す唯一の目印となっていました。
あとは畑部分が周囲より一段高いのも城跡っぽいといえばそうなるかも・・・。

ちなみに稲沢市内の城郭の中ではもっとも良好に遺構が残存している城らしいです。
しかしながら遺構は畑の下に埋まっちゃってます(^^;)
もうちょっとなんとかしてほしいものです。
R0018420.jpg
↑さて、木碑をアップしてみます。
が、何が書いてあるやら判然としませんorz
がんばって解読してみると・・・

「竹腰城跡。
祖父江信勝の居城。
関が原合戦の功
により福島正則より
この地を与えられ築
城。大阪冬の陣の時、
家康によりお家断絶、
廃城となった。
市内で最も保存状態
がよい。
広さ、方約1町」
と書かれてます。

この城は戦国時代も終わりを迎えようとしていた慌しさの中で翻弄された城郭のようです。
にしても、何をもって市内で最も保存状態がよい、と決めたのでしょうか。
もう少し詳しい解説板や遺構を見える状態とかにしてほしいものです。

ここからはちょっとしたオマケ話です。
城跡を探してるときに近くで見つけた怖いものの画像です。
R0026114.jpg
↑これです。
あえて夜に撮影してみました。
怖い、ですよね?(笑)

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三重県・白米城(その3)

  • 2014/08/04(月) 08:50:48

さて、約1年の時を経て続きを書きます。
永らくお待たせしてしまい、申し訳ないです。
R0015548.jpg
↑さて、城跡碑のある郭からは北側にもうひとつピークが見えます。
こちらも郭となっていて、城域となっているようです。
「別郭一城」というやつでしょうか。
R0015551.jpg
↑細い山道を歩いて、もうひとつの郭を目指します。
R0015556.jpg
↑10分ほど歩くと到着しました。
こちらは先ほどの郭と違い、あまり展望は効かないようです。
往時はこちらも良好な見晴らしだったのでしょうが。
R0015559.jpg
↑土塁が残存しています。
R0015561.jpg
↑唯一南側の景色が良く見えました。
先ほどの石碑がある郭がよく見えます。

まるでプリンのような特徴的な形です。

さて、最後白米城の来歴を・・・

築城時期や築城者が定かではないが、南北朝期の史料に、文和元年(1352年)にはその名が記されている。
伊勢北畠氏の初代を顕能とするならば、多気御所を康永元年(1342年)に築いたとされ、この城もその頃の築城のようだ。
この城が白米城と呼ばれるのは、応永二十二年(1415年)に三代の満雅が幕府軍との戦いにこの城に籠城した際、馬の背に白米を流して水があるように見せたことに由来する。
以後、家臣の大宮氏の居城だったが、永禄十二年(1569年)の織田信長の伊勢侵攻の折、木下藤吉郎(豊臣)秀吉に攻められ廃城。

復帰

  • 2014/07/28(月) 23:01:09

お久しぶりです。

来週更新といいつつ、かれこれ何ヶ月も経ってしまいました。

色々あってほったらかしになってました、すみません。

またちょくちょく復活させようと思います。

またお願いしますm(_ _)m

三重県・白米城(その2)

  • 2013/09/16(月) 17:20:32

明日更新すると言いつつ、気づけば一週間が過ぎてました。

すみません><

とりあえず、先週の続きです。
R0015538.jpg
さて、登城道へ入って、延々と山を登ります。
12月の寒い時期でしたが、じっとり汗をかいてしまいました(^^;)
R0015540.jpg
一時間ほど登ると、城の遺構が現れ始めます。
上の画像は、尾根をV字に切り取る、「堀切」と呼ばれる遺構のようです。

これによって尾根伝いに攻撃をかけてくる敵を遮断することができました。
R0015542.jpg
堀切跡から数分で人為的な地形が目の前に現れました。
切岸と呼ばれる遺構です。
土を断崖絶壁のように削り、敵が斜面を登れないようにするためのものです。
R0015543.jpg
確かに、鎧兜を装着して、こんな斜面は登れるとは思えません。
R0015545.jpg
切岸を登ると、石碑が建っています。
これが白米城の石碑のようです。
字はカスカスで読めませんでしたorz
どうやらここが白米城の主郭で間違いないようです。
R0015544.jpg
主郭からは眺望がすばらしいです。
見事な青空です。
遠くの方には海も見えます。
登山の疲れも一気に吹き飛びました。

さて、白米城には他にも遺構があるようです。
次回はそれらを紹介して、城の歴史や概略にも触れたいです。

それでは☆

三重県・白米城(その1)

  • 2013/09/08(日) 22:32:47

長らく放置していました。

もう一つのブログをメインで活動していたので、なかなかこちらにまで手が回りませんでしたorz

久々の更新は、三重県のお城です。
石碑城郭を求め、山をひたすら登った話を書きます。
R0015530.jpg
やってきたのは三重県の白米城というお城です。

三重県松阪市にあります。
山城で、白米で馬を洗い敵を退けたという逸話のあるお城です。

遺構のあるお城ですが、山の上にある石碑が素晴らしいとのお話を聞いて、行ってみました。
R0015531.jpg
スタート地点である、山のふもとにある神社です。
車もここに停めました。
R0015532.jpg
神社の由緒が書かれた看板です。
古く立派な神社でした。
R0015533.jpg
神社の参道を歩いて、登城道を探します。
R0015535.jpg
参道から林道が延びていて、白米城の案内看板が現れます。
登山口はまだ先のようです。
R0015536.jpg
沢を渡る橋から、登山道が始まります。

今回はここまで。
続きはまた明日☆

桜と吉田城

  • 2013/04/07(日) 12:07:46

愛知県吉田城の桜写真です。
2010年に行きました。
R0011535.jpg
↑なんといってもここの桜が一番イイかんじです。
復興鉄櫓と石垣、桜のすばらしいこらぼでした。
R0011541.jpg
櫓からだと桜と豊川が見えました。
往時は城のお堀代わりとなっていました。
R0011531.jpg
↑鉄櫓です。
どうみても天守閣ですが、櫓でした。
たまに一般公開もあるようでしたが、今回は閉まっていました。
R0011543.jpg
吉田城の石碑です。
カッコいい石碑です!!
R0011525.jpg
↑戦争遺跡も城内に残っています。
ここは戦時中陸軍の基地でもあったのです。

桜と清洲城

  • 2013/04/02(火) 14:32:19

先日、桜咲き誇る清洲城へ行ってきました。
その際の写真です。
DSC_0097.jpg
↑桜と天守閣とこいのぼり。
欲張り三点セットです。
DSC_0103.jpg
↑天守閣と少しだけ逆さ天守。
DSC_0104.jpg
桜と逆さ天守と行きたかったですが、風が出てきたせいでこんな半端な写真にorz
DSC_0101.jpg
↑オマケ
清洲城横にある、廃鉄橋跡です。
国鉄瀬戸線という未成線の数少ない遺構のひとつなんですよ。

訪城日:2013年3月31日

桜と犬山城

  • 2013/03/31(日) 21:43:10

愛知県で最近まで個人所有だったお城、犬山城と櫻のコラボレーションです。
写真は2010年と2008年撮影のものなのでご注意を。
P1010040.jpg
↑天守閣。
R0011564.jpg
↑天守閣、晩春。
P1010041.jpg
↑天守からの景色。
R0011579.jpg
↑天守からの景色、晩春。

桜と名古屋城

  • 2013/03/28(木) 23:19:33

桜の季節がやってまいりました。

ということでたまには季節ネタを披露しようかなと思います。
お城と桜のコラボレーションです(^^)
R0011488.jpg
↑やってきたのは名古屋城です。
ちなみに取材したのは去年ですのでご注意を。
R0011492oi.jpg
う~ん、排水パイプがお邪魔だ~ん(爆)
R0011515.jpg
排水パイプが無い場所に陣取りました。
R0011519.jpg
やっぱりお城と櫻はセットになるとたまりませんなぁ><

一宮城跡(愛知県一宮市)

  • 2013/03/27(水) 11:47:46

先日、愛知県一宮市でお城探しをしてきました。
JR一宮駅の近くに石碑城郭があると聞いたからです。
R0030572.jpg
↑JR一宮駅です。
新たに市立図書館のビルが建ち、再開発が進んでいました。

駅前の大通りを東へと進みます。
R0030583.jpg
↑すると、こんなビルが現れました。
ずっと昔に建てられたビルなのでしょう。
周りにも同じようなビルが建っていたのに、取り壊されてしまったために、このような外観が丸見えになったものと思われます。
コンクリートの劣化具合がイイ感じです。
R0030579.jpg
↑ビルの東側はこんな感じでした。
階段が興味深い造りになっています。
手前は有料の駐車場になっていました。
駐車場になる前は、同じような古いビルが建っていたのでしょうか。
R0030581.jpg
↑階段部分をズーム撮影しました。
本当はビル内に入って撮影したかったのですが、入り口は施錠され、機械警備もあったことから断念しましたorz

寄り道はここまでにして、お城探しを続行します。
R0030575.jpg
古ビルからさらに東進して、銀行に到着しました。
ここが城郭跡です。
それにしても、先ほどの古ビルとは違い、かなり近代的でお洒落なビルでした。
ここにも昔は、城があり、先ほどのような猥雑なビルがあったのでしょう。
R0030573.jpg
銀行への入り口横に城址碑がありました。
最初はビルの定礎かと見紛ってしまいました(^^;)
城址碑の中でもかなり洗練されたスタイルの石碑と言っていいでしょう。
そのおかげで城気分を味わえるような石碑ではありませんでした(笑)
私式城郭分類法では「ビル街型石碑城郭」に分類されるお城です。
R0030574.jpg
金属製の解説板付でした。
コチラもクネクネ曲げて文字が見やすい角度に設定されているなど、先進性を強調したものとなってます。
どこまでも城郭らしさのないお城跡です。

看板の内容を引用しますと、
「この城に住んでいた関氏は平重盛の子孫で、伊勢関氏の一族である。関長安は、はじめ織田信長に、のちに秀吉に仕え、天正12年(1584年)、小牧山の戦で長久手に戦い、討死した。
この城には豊臣秀吉も立ち寄ったことがあったが、のちに織田信雄の家来の不破源六広綱の城となり、天正18年広綱が去ってから廃城になった。」
とあります。

戦国史を知らない自分にはなんのこっちゃようわからん内容ですが、小牧長久手の戦ゆかりの城であること、小牧長久手の戦のあとは秀吉方の城から徳川・織田方の城になったとこが推察されます。

城の規模は書いてありませんが、家来の居城にしたということから、城というよりは屋敷に近いような城であったのかもしれません。


「一宮城」データ
城郭の分類:平城・ビル街型石碑城郭

住所:愛知県一宮市本町3丁目

駐車場:なし(有料Pはあります)

おススメ度:☆☆

訪城日:2013年3月23日

地図

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